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東海道横断特集
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- 03.変えないこと、進化すること
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- 変えないことも、進化することも、未来に繋がるからくり人形師 九代玉屋庄兵衛氏
祭礼の場で、人々を魅了した山車からくり。
- からくり人形が人々の間に広まっていったのは17世紀のこと。初代竹田近江が「機捩戯場(からくりしばい)」を、大阪・道頓堀で旗揚げしたのがきっかけといわれています。人形による文字書きや逆立ちなどが評判を集め、その人気は巡業先の尾張や江戸へと広がっていきました。この人形に熱い視線を向けていたのが尾張の祭り衆たち。彼らはからくり人形を祭礼の際に曳く山車(だし)の上にのせ、様々な動きを見せて喝采を集めました。やがて、山車を出す町々が競うようにからくり人形をつくり、「山車からくり」が愛知をはじめ東海各地に定着。時を経たいまでも、国内に現存する約200両のからくり山車のうち、約150両は愛知に残され、400体以上のからくり人形が山車の上で大技を見せています。
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- 山車からくり
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- 山車からくりを操作するからくり人形師 九代玉屋庄兵衛氏
精緻な動きを、室内で楽しんだ座敷からくり。
- 茶運人形(座敷からくり)
人が操る山車からくりに対して、さながらロボットのように自ら動くのが「座敷からくり」。その名の通り、大名や豪商がお座敷で楽しむためにつくられた人形です。よく知られているのが茶運人形。小さな茶碗を持たせると前へ進み、茶碗を取り上げると停止、再び持たせるとくるっと回って元の場所へ帰っていきます。また、的に向かって矢を射る弓曳童子も人気を集めた座敷からくり。これらの愛らしい動きは、いくつもの木製歯車やクジラのひげでつくったゼンマイを使うなど、人形師たちの様々な工夫によって実現できたものです。
からくり人形は、様々な知恵や技が集約された総合芸術。
からくり人形師は、人形に手を加えたり、つくったりするだけではなく、人形に関わるあらゆることに携わります。例えば、新たな山車からくりを制作する場合は、中国の故事や歌舞伎の演目などを題材にして物語や動きの構想を練ります。そして、能面のように見る角度によって様々な表情を映し出す顔の彫り、物語にふさわしい衣装づくり、さらには大道具や小道具の制作───、これら一つ一つの技術が調和し、一体の人形に集約される"総合芸術"だからこそ、からくり人形は価値を持ち、いまに至るまで人々の視線を集め続けています。
未来へ伝えるためには、忠実に復元することが大切。
九代続く玉屋庄兵衛としての大きな役割に、代々の庄兵衛がつくってきたもの、さらには様々な人形師たちによるからくり人形の修復・復元があります。傷んだ部分に手を入れたり、つくり直して、もう一度人形に生命を吹き込みます。このとき私が心がけているのは、何も変えないということ。顔を復元するときは、私の個性を表現するのではなく、つくられたときのままを「写す」ことに重きを置きます。つくった人形師の思い、町の顔として山車にのせた人々の思い、さらには用いられている素材や技術を変えてしまっては、違うものを次代に伝えてしまうことになります。忠実な復元は、無くしてはいけない文化を未来につないでいるのです。
- 人形の顔を彫る
からくり人形師 九代玉屋庄兵衛氏
ロボット開発の原点ともいえる、進化を求めた歩み。
- 山車からくり骨組
江戸時代、精巧なからくり人形を実現できた背景には、ヨーロッパから伝来した機械式時計の存在があります。複雑な時計の仕組みを生かすと、どんな動きが可能になるのか──。ゼンマイ仕掛けの自動人形に、物を運ぶだけではなく、扇子を振ったり鈴を鳴らしたりする動きを加えたのは、新しいものを求めた人形師たちによる挑戦だったのです。からくり人形がロボットの原点といわれるのは、こうした新しい技術の開発や、新しい人形をつくってきた進化の歩みが重なるからだと私は考えます。
何かをつくりたいという思いは、素晴らしいものとの出会いから始まることもあります。未来を見据えると、いま必要なのは子どもたちがからくり人形と接し、人形の動きや高度な技術にふれられる場や機会づくり。将来、そこで得た経験がロボットだけでなく、ものづくりの道への入口になると信じています。
からくり人形の魅力を間近で実感できるまち、犬山。
4月の第1土・日曜日、愛知県犬山市ではユネスコ無形文化遺産に登録された山車まつりのひとつ、「犬山祭」が行われます。絢爛豪華な車山(やま)13両すべてにからくり人形がのせられ、いまも江戸時代と変わらない姿、動きが堪能できる貴重な機会となっています。
また、古い町屋などが建ち並ぶ「犬山城下町」には、山車からくりや座敷からくりを常設展示した「からくり展示館」が開館。からくり人形の実演や、館内に設けた私の工房で人形を制作する様子を見ることができます。この周辺には、祭りで曳かれる車山を展示した「どんでん館」などがあり、からくり人形から広がる歴史への興味を、十二分に満たすことができます。
※イベント出演などでお休みする場合もあります。
からくり人形師 九代玉屋庄兵衛氏
25歳で父である七代玉屋庄兵衛に弟子入り。1995年に九代玉屋庄兵衛を襲名。犬山祭や京都の祇園祭をはじめ、全国の山車からくりの修理・復元を行うとともに、茶運人形や弓曳童子の完全復元、さらには創作からくりにも取り組み、「もっと凄いものができないか」と常に考えているという。
インタビュー対象者の肩書は取材当時のものです。
2017年8月25日更新